カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2009年2月14日 (土)

先月の読書

「犠牲 わが息子・脳死の11日」  柳田邦男

ノンフィクション作家のの著者の
25歳の次男が自死を図り、その後
意識が戻らぬまま脳死状態となった。

次男・洋二郎さんは、中学生の時の失明恐怖を
きっかけに神経症となっていた。
心の病に苦しみ、戦い続けた結果、選んだ道だという。

内容は大きく二部に分かれている。
一部は、父親としての追悼記
二部は、専門家として脳死・移植論

著者は職業柄、医療に詳しい知識を持っており、
当時提唱され始めた「インフォームドコンセント」の
検討会の座長を依頼されていた。

それゆえか、著者自身も混乱していたであろうに
病院に運ばれた直後の様子や
医師の説明などが驚くほど明確に描かれている。

タイトルの「サクリファイス」は、洋二郎さんが
感銘を受けたという、旧ソ連からの
亡命映画作家の作品から。
名も知れぬ人間の密かな自己犠牲。
それが誰かの幸せにつながっている。

残された家族は、彼の臓器を移植することを
決断する。


脳死状態というのは、植物状態とは異なり
数日から1、2週間で心臓が停止するそうだ。
[不可逆的機能停止]-絶対に元に戻らない状態。

脳死の判定は2回行い、厚生省の判断基準6項目
(1)深昏睡
(2)瞳孔の固定
(3)脳幹反射の消失(5種類の反射テスト)
(4)平坦脳波の確認
(5)無呼吸テスト
(6)聴性脳幹反応

しかし脳死と判定される状態でも、
髪も爪も伸び、溢血痕がひいていく。
偶然かもしれないが、家族が来れば血圧や心拍数が上がる。
とてもこの体にメスを入れ、臓器を取り出してください
とは言えなかったそうだ。

柳田氏は脳死を「個体の死の前段階の一つ」ととらえた。
脳死臨調の議論に欠けていた「二人称の死」。
なぜ彼、彼女が死んだのか、物理的なことではなく
「なぜ」を腹に納めるために「物語」が必要だという。
そしてそれには「死」を受け止めるための「時間」が必要となる。

柳田氏とその家族が「なぜ」を腹に納め、
洋二郎さんの意思を尊重することができたのは
医師の説明や看護士のケアに助けられたことが大きかっただろう。

グリーフワーク(悲嘆の仕事)の必要性

そして脳死-臓器移植という西洋的な流れと死の定義とは別の
日本的な「死」について提案をしている。

(1) 一般的には心停止をもって死とするが、
     脳死を受け入れる人は脳死をもって死とする。
(2) どの段階での死を選択するかは、本人の生前の意思による。
  脳死を死とする場合は近親者の同意も必要とする。


確かに「脳死」が「死」かそうでないか
選べる方がよい。
何も二択にする必要はない。

「死」は「医学」や「法」のものではなく、「人の」なのだ。
そもそも「医学」も「法」も人のためにある。
線引きをするのはあくまで便利さのためだ。

なぜ病気や怪我を治療するのか。
私が痛い、苦しいのは嫌だ、と
あなたが痛そう、苦しそうなのは嫌だ
という気持ちがあるからだと思う。

産まれた以上、必ず訪れる「死」。
それは本人だけでなく、家族、友人、知人
残された人にとっても大事な出来事だ。

状況は様々だろうが、一人一人が
便利の追及のための負荷に苦しまないような
しくみを期待したい。

自分自身はどうだろう。
意識がなければどうなっても判りようが
ないだろうが、今のところ体の部分が
離れることには抵抗がある。
それと同じくらいの質量で、もし誰かの
役に立つならば、役立ててほしいと思う気持ちもある。

誰かに伝える機会も少ないので忘れそう。
で、ここに書いて時々思い出そうと思う。


公の立場にもある
父から息子への
哀惜の情が詰まった一冊。

犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫) 犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)

著者:柳田 邦男
販売元:文藝春秋
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2009年1月14日 (水)

今月の読書 1月

「ヴェニスの商人」
「リア王」        ウィリアム・シェイクスピア

シェイクスピアの有名なお話。
借金のかたに肉を切り取ろうとしたシャイロック
三人の娘の内、最も誠意ある末娘を信じなかったリア王
断片的には聞いたことがあるが、内容はよく知らなかった。


さて「ヴェニスの商人」
おもな主人公は

アントーニオ(商人)
VS
シャイロック(金貸し)

ロレンゾー(アントーニオの友人)

ジェシカ(シャイロックの娘)

バサーニオ(アントーニオの友人、財産を食いつぶす)

ポーシャ(遺産を相続した娘)

その他、道化のランスロット、ポーシャの侍女ネリッサ等。

この文を書くまで、タイトルの「ヴェニスの商人」は
シャイロックのことだと思っていた。
(読み終わっても思っていた)

「ヴェニスの商人」アントーニオは妙に影が薄い。
登場人物の中では一番まともそうなんだけど、そのせいかな。
その他アントーニオの友人(子分?)は
何を生業にしてるかもはっきりわからない。
バサーニオに至っては遺産を浪費した上
借金してお金持ちの娘を狙っている。
悪人には書かれてないんだけど、
ある意味諸悪の?根源。

なんといっても印象に残るのは、
金貸しのユダヤ人、シャイロックだ。

ユダヤ人の受ける理不尽さを語る場面がある。
現代日本の感覚だとシャイロックが気の毒になる。

当時はこれが理不尽ではないのか?とも思ったが
多くのセリフが恋や状況の比喩、軽口、説明なのに
シャイロックが語る言葉はいかにも主張めいている。
当時でもユダヤ人が不当な扱いを受けている、という空気は
当然のようにあったのかな?

そしてシャイロックと対決するのは変装したポーシャ。
それまでは親の遺言により、自分で結婚相手も
選べない状態だったのに、
不思議な役割を自ら負うことになる。
ちょっと強引な気もする。

喜劇にも悲劇にもなりそうだ。

「リア王」

なんだか怒涛のようだった。

登場人物は
リア王
リア王の三人の娘
 ゴネリル
  リーガン
  コーディリア
三人の娘婿
 オールバニー公爵
 コーンウォール公爵
  フランス王
リア王の家臣
道化
ケント伯爵
グロスター伯爵
グロスターの嫡子 エドガー
グロスターの庶子 エドマンド

日本向きな感じがする。
姉娘二人の描かれようがひどい。
道化ってのが洋モノにはよく出てくるが
王様を笑わせるという、ある意味
位の高い職業だったようだ。

こちらは誰も報われない悲劇。


どちらも思ったより下ネタが多い。
人間の強い「欲」が起こす
喜劇、悲劇。

アントーニオやコーディリアのような
自律的、道徳的な人物よりも、
シャイロックやエドマンドのような
しいたげられた故の強い欲を持つ人間が
より魅力的に描かれる。



それなりに読めたのですが・・・
名前が通っているほど
のめり込めなかった。
もともと小説ではなく、芝居用だからかもしれない。
原文の響きやリズムを理解できれば
また違う感想になるのだろうか。
機会があれば舞台でも見てみよう。

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2008年12月15日 (月)

今月の読書 12月編

空気が乾燥しだすと目が痛くて読書がツラい。

「梁塵秘抄」  西郷信綱

梁塵秘抄そのものではなく、
歌の解釈を書いたもの。

「梁塵秘抄」のタイトルは聞いたことがあるけど
見るからに字画が多く難しそうなイメージ。
その由来は

 声よく妙にして、他人の声及ばざりけり。
 聴く者賞で感じて涙おさへぬばかりなり。
 謡ひける声のひびきに、梁の塵起ちて三日居ざりければ、
 梁の塵の秘抄とはいふなるべし云々。

字のとおり、梁のちりなのであった。
司馬遼太郎さんの「風塵抄」を思い出す。

編者は後白河法皇。
自ら何度も喉をつぶすほど入れ込んだ
「今様」の集大成だ。
「今様」は和歌ではなく歌謡、流行歌なのだそうな。
流行歌であるから、出所が庶民や遊女だったりする。

 我を頼めて来ぬ男
 角三つ生ひたる鬼になれ さて人に疎まれよ
 霜雪霰降る水田の鳥となれ さて足冷たけれ
 池の浮草となりねかし と揺りかう揺り揺られ歩け

女が男を呪った歌である。
リズム良く、ぼろくそだ。


 遊びをせんとや生まれけむ
 戯れせんとや生まれけん
 遊ぶ子供の声聞けば
 我が身さへこそゆるがるれ

聞いたことがある。うろ覚えながら、好きな歌です。
誰が歌ったのかによって解釈が分かれているそうだ。
まぁ、聞いて浮かぶイメージで楽しむのもアリだと思います。


 我が子は十余に成りぬらん 巫してこそ歩くなれ
  田子の浦に汐汲むと いかに海人集うらん
  まだしとて 問ひみ問はずみなぶるらん いとおしや

 我が子は二十になりぬらん 博打してこそ歩くなれ
  国々の博党に さすがに子なれば憎かなし
  負かひたまふな 王子の住吉西宮

これも色々と説があるようです。
なんせ平安時代後期の流行歌なので
正確なことなど誰にも判らないでしょう。
巫(かんなぎ)は歩き巫女、博徒とともに
社会のアウトサイダーと見なされていたようだ。
ドラマが見え隠れしています。


その他、土から生えたような匂いを感じる歌が
多くありました。
和歌よりも生生しく、人の感情は平安時代と
地続きなものだと感じました。
当時の生活の気配を知る上でも興味深いものです。

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2008年11月26日 (水)

今月の読書 11月編

「セビーリャの理髪師」 ボーマルシェ

タイトルは有名。
作者は意外と知られていない。
シェークスピアかと思っていた。

森薫の漫画「エマ」の中で
ざっとストーリーが語られている。
「誰も死なないオペラ」。

かすかな記憶では、漫画ベルばらで
「貴族を笑い者にする芝居」と
オスカルに言われていたような。

「フィガロ三部作」の第一作だそうな。
「フィガロの結婚」「罪ある母」と続く。

ストーリーは「エマ」のおかげで大まかには
わかっていたが、台詞や当時の習慣など
本ならではの面白さがあった。


床屋兼外科医という存在がいたので
散髪屋さんの看板、赤と青は動脈と静脈を表すとか、
当時、古代医学の信奉者の病気治療法は、
体内の毒素を排出するため瀉血、浣腸、下剤の
3種類だったとか。
「ドラマ」が現れはじめたのは、この頃だとか。


本篇もそれなりに面白く読めたのだが
訳者解説で作者のボーマルシェの生涯が
書かれており、本編以上に興味深かった。

ボーマルシェは1732年、
時計工の親方の息子として生まれる。
時計職人に始まり、音楽家、司法官、王の密使
実業家、武器商人、劇作家等々、多くの職業をこなし、
訴訟に入牢、女性遍歴、そしてアメリカ独立戦争と
フランス革命に大きく関わることになる。

なんかもう、一人の人生とは思えないほどの
活動範囲と密度である。
読んだ文庫の役は鈴木康司さん。
やけに詳しいと思ったら、同じ人の書いた本で
「闘うフィガロ-ボーマルシェ一代記」
というのがあるらしい。

フィガロ三部作とともに、機会があればこちらも
読んでみたい。

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2008年11月16日 (日)

今月の読書 11月編

「奇子」 手塚治虫

タイトルがあやしい。
「あやこ」と読む。女の子の名前だ。

舞台は戦後。
復員し、地方の旧家に帰った天外仁朗。
父が溺愛する一番年下の妹、奇子には
兄嫁と同じ場所にホクロがあった・・・。

描かれたのは昭和47~昭和48年。


二話目に家族の年齢がでているが
父52歳、母51歳、兄27歳、兄嫁23歳。
今の感覚でいえば「若いっ!」
絵の雰囲気はプラス10歳くらいのイメージなので
ずいぶんとギャップがある。
そんなところで妙な衝撃をうけてしまいました。

仁朗がGHQの工作活動として死体を線路に置き
轢死体に見せかける。

その後、作中で国鉄の総裁が似たような状況で
死体になって発見されるのだが、
なんかそんな話を最近知ったな~と、よくよく名前を
みると総裁の名前は「霜川」。
霜川・・・しもかわ・・・下川・・・下山・・・下山ケース?

森達也さん関連の書籍でタイトルだけ見て、
何のことだろうと調べたことがあった。
国鉄の総裁が轢死体で発見された事件だというのは
判ったが、事件の背景がよく判らなかった。

日付やエピソードをやけに詳しく書いてるのは
実際の事件をモチーフにしたからなんだなぁ。
そのうち事件についての本も読んでみよう。

さてこの作品。
社会派というのか、殺人だの近親相姦だのが
ばんばん出てきます。
お話的にはちょっと「うぇ~」となるところがありました。

しかし、さすがというべきか、
生々しい人間表現がうまい。

それぞれの行動原理があり、明確だ。
奇子の顔だちは何だか定まらないけどね。
目線や口元の表情、子供から大人、老人への変化
「こんな人居そう」「こうなっちゃったか」
と実に味わい深い。

以前、浦沢直樹さんがテレビで「人間を描きたい」と言っていて
その後、彼の作品を読むことがあった。
確かに「こんな人居そう」という意味では上手いのだけど
いまいちピンとこなかった。
たぶんこういうことなのだろう、と思った。

たった3巻なのに、中身が濃い。
漫画の神様といわれる所以か。
子供向けから大人向け、守備範囲の広さや
表現の多彩さに驚くばかりだ。

次は何を読もうか。

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今月の読書 11月編

「愛人 ラマン」 マルグリット・デュラス

数年前に映画化された本。
作者の自伝的作品。
映画は見たことがある。
内容はうろ覚えだけど、主役の女の子の
大人と子供のバランスが絶妙で美しかったのを
記憶している。

最初、倒置法の多い文体にとまどった。
歌の詩のような、独特のリズムがある。
時系列は直線ではない。
記憶の網をたどって表れた印象深い映像。

「愛人」というよりは「家族」についての想いが強い。

両親とも教師の家庭で、植民地時代のインドシナに赴任。
作者が4歳の時に父が亡くなり、一家の生活は困窮する。
母親と、母親が溺愛する長男、病弱な二男、そして作者。
経済的にも精神的にも破滅寸前の家庭。

腹の据わった女性だ。
義務感のように、金持ちの中国人男性の愛人となったのは
15歳だが、その関係には後悔も自己憐憫もない。
冷静ではあるが、冷めていたり、虚勢や強気なのとも違う。

しかしそれに対して、家族への想いは。
狂気のにじむ母、傲慢で暴力的な長兄、大好きな次兄。
全体から受ける印象は、家族に対する恐怖や悲しみ、怒り。
繰り返す破産や死の思い出は、彼女の精神を揺さぶる。

家庭環境は大事やね。
大人にとってはほんの数年だけど、
子供にとっては人生の基礎だ。


フランス人のイメージは逞しさと繊細さ。

冒頭の
「今の顔の方が好きです。嵐の通り過ぎたそのお顔の方が」

人生の始めから嵐に見舞われ続けながらも、
そう言われる顔を持つに至った精神力。

さて自分はどんな顔になるだろう。

愛人(ラマン) (河出文庫) Book 愛人(ラマン) (河出文庫)

著者:マルグリット デュラス
販売元:河出書房新社
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2008年11月11日 (火)

今月の読書 11月編

「いっぽん桜」  山本一力

短編集。

いっぽん桜
萩ゆれて
そこに、すいかずら
芒種のあさがお

の4編。


突然隠居を言い渡された口入屋の番頭。

武士の身分でありながら漁師、魚屋になる決意をした
土佐の若者

娘の幸せを願い、贅をこらして作られた雛人形。
白無垢のような振袖を着た娘が
涙をこらえ運んだ訳は・・・。

夏に生まれた女の子。
朝顔が好きな彼女が恋をしたのは
朝顔つくりの職人だった。


からりとしているが、夏の庭に水を撒いたような
心地よい湿りがある。
舞台は江戸時代だが、セピア色ではない。
芯に通るのは親子の情。

読後の気分がいい本です。

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2008年11月 1日 (土)

今月の読書 10月編

「若きヴェルテルの悩み」 ゲーテ

読んだ!
という達成感。
これぞ秋の読書。

タイトルと作者は有名だけど、
あまりにも「青春時代に読む本」っぽくて
なんとなく気恥ずかしいような気がしていた。

さて内容。

タイトルの「ヴェルテル」から、主に友人ヴィルヘルムに
宛てた書簡集のような形式。
年代は1771年、思ってたよりも昔だ。
場所はドイツかな?

故郷を離れ、しばしの田舎暮らしを楽しむヴェルテル。
詩を読み、地元の人々と触れ合いつつ、物事を批評し、
自然を愛する日々。
出会う村人もみな幸せに映る、春のごとき日々だ。

ある日舞踏会に参加することになった彼は
ロッテという美しい少女に出会う。
彼女には婚約者がいると知りながら、
ロッテの美貌、優しさ、賢さ、知性、感性に惹かれ
激しい夏のような恋に落ちる。

が、彼女には婚約者アルベルトがいる。
周囲の人に祝福され、ロッテ自身も納得していることだ。
アルベルトとも友人として接するが、あまりにも苦しく
別れを決意。
宮仕えをするが、上司との折り合いが悪く、
鬱々とした日々を過ごす。
そしてロッテが結婚したとの知らせ。
ショックを受けるヴェルテルに
ダメ押しのように、社交界での屈辱的な
出来事があり、半年ほどで退官。
流転の秋。

もとの村に戻ったものの、状況が変わるはずもなく、
ロッテへの恋慕とアルベルトへの嫉妬に悩む。
思い出の木は伐られる。
かつて出会った幸せな村人は、不幸に見舞われる。
理想と現実、善と悪、自身と他者、理性と狂気。
迎えた凍える冬。
ヴェルテルの決断は。。。


苦しい感情を比喩を交えて独白する文章が続く。
西洋モノ独特の言い回しは芝居じみて大袈裟だ。
改訂された版なので、いくらか現代風の版らしいが、
読んでいる内にゲンナリしてくる。

要するに失恋の話か?
と強引にまとめたくなる。
いくら知性があっても、異性を求めるのは動物の本能。
正確に自身と他者を理性で分析できたところで、
諦めがつかなけれれば感情に支配された心は
苦しみ、悩む。

青少年に薦められる本・・・なのかぁ?
まぁ。本の感じ方は人それぞれ。
思想と感情のベクトルの、どの方向に
力を与えるかは、人それぞれだろう。

最後の翻訳者の解説で時代と背景についての語られており
こちらの方が頭に入りやすいせいか、興味深く読めた。

20世紀は過去にないほど変化の世紀だと思うが、
生きている者にとっては未来との比較は不可能だ。
現在だって未来はやはり判らない。

200年以上前、フランス革命後のヨーロッパは
当時を生きる者にとっては価値観が大きく揺れる
時代だったろう。

作者のゲーテ。
蔦の絡まるチャペルで詩想を膨らませる人
なんていうイメージがあったが、
なんのなんの。
詩人、作家でありながら、
自然科学者であり、政治家でもある。
肩書は現実家であり、実務家だ。

ヴェルテルはゲーテの分身らしい。
「ロッテ嬢」との恋はともかく
宮仕えにも成功し、「うまくいったヴェルテル」だ。
そんな彼が、若き日の思想信条を突き詰めたら、、、と
もう一つの人生を描いたものかもしれない。

記憶に残った一文。
「不機嫌とは怠惰の一種」

なにやら最近思い当たることが。。。


ドイツ〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈10〉 ドイツ〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈10〉

著者:ゲーテ
販売元:集英社
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2008年10月18日 (土)

今月の読書 10月編

「白い犬とワルツを」  テリー・ケイ

何年か前に話題になっていた本。
見覚えのある白い犬の横顔が表紙。
いつか読んでみようと思っていた本だと、思いだした。

突然妻に先立たれた老人サム。
体は不自由だが、心配する家族をかわし、
一人暮らしを続ける。
歩行器をつえ代わりに苗木の世話や家事をし
日記をつける日々を過ごす。
そんな彼の前に、現れた不思議な白い犬。
サム以外には姿を見せず、他の犬にも気付かれない。

「矜持」という言葉が浮かんだ。
片意地を張るのとはちょっと違う頑固さ。
柔軟さもいたずら心もある。

楽しかった思い出は現在に煌めき続け、
苦い思い出は鈍い痛みを残し、過去になる。

悪人はおらず、饒舌に心境や世界を語るわけではない。
「矜持」を持ちつつ、人生を受け入れ、黄昏の日々を過ごす。

アメリカの小説で、こんな雰囲気の作品があるのかと
意外に思った。

数十年後に読んだらまた違う感覚だろう。
読後の気持ちが良い本です。


*****     *****     *****     *****     *****

この本で知ったことメモ
・朝食でビスケットを食べる
      朝からお菓子?と思ったがウィキペディアによると
      アメリカのビスケットはスコーンに近いものだそうだ。
      植物油脂のショートニングを使うので、スコーンよりも
      あっさりしているとのこと。
・胃痛に重曹水
      重曹にそんな使い方があったのか。
      生活の知恵やね。
      胃酸過多に効くらしい。
・ペカン
     クルミ科の木。 ナッツ類。   
     テキサス州の州木。



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2008年10月 6日 (月)

今週の読書

さて読書の秋。

「テス」 トマス・ハーディ

舞台は19世紀末イギリスの農村。
飲んだくれの父と陽気だか無計画な母を持つ
美貌の少女テス。
家は貧しく、幼い多くの弟妹を抱え
困窮した状態の家族を支えようと懸命に働く。

そんな一家にある日「先祖は貴族」という話がもたらされる。
テスは「親戚」の家に使いに出されるが
そこで彼女の人生は大きく舵を切るのであった。。。

各章のタイトルが
1.乙女
2.乙女ではなくなって
3.持ち直し
4.その結果
.........

ってこのタイトル、露骨すぎじゃないでしょうか??

翻訳がではなくて、原本がそうなんですかね。

最後は急転直下。
なんとなくヒロインを突き放したような記述が
ところどころあり、作者の目線が運命の皮肉さに
向いている気がしました。

ところで興味深いのは当時の習慣、風俗。

19世紀末、テスの母親は教育をうけていないが
テスは小学校のみだが教育をうけており、
母子で基本的な知識の差がある。
教育って大事やね。

農村ではキリスト教一辺倒ではないのか、
占いの本や冒頭のお祭り?は多神教的な雰囲気。

作者が農村出身のためか、牧場の様子が
細かく描かれていて、乳しぼりの様子は
牛の体温を感じるようでした。
搾乳機っていつできたんだろう。画期的なものだよなぁ。
そしてエンジン付き脱穀機。産業革命ですなぁ。

イギリス小説って数はさほど読んでないのですが、
作者は中流~上流と呼ばれる階級出身者が多いのかな?
今まで読んだ数冊はだいたいお屋敷が出てきたり
教育や宗教の話題があったりだったけど、
このお話はお屋敷や宗教は事細かには描かれていない。

目線の違いがあることを感じずにはいられないなぁ。

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