はたらくこと
はたらくことがきらいではない。
そういうとしごろなのかもしれない。
げんだいにおいて、はたらくというこういは
ろうどうのたいかとして、いっていのかちをもった
つうかをうけとることだ。とおもう。
これがげんしのじだいであれば
ほうふなちしきとけいけんをもったもの
きょうじんなにくたいをもったもの
そのおんけいにあずかれるもの
わずかなさで、いきるかしぬかの
わかれみちとなる。
いっていのつうかと、それをりようするしゃかいが
あることで、まず、いしょくじゅうがたりやすくなった。
げんだいのせいかつは、ろうどうを
こじんがしょくりょうをえるためだけではなく
たにんのりえきになることをぜんていとして
なりたっている。
ひととのつながりをじゅうしするのは
このためかもしれない。
ちゅうせいからきんせいにおいて
ぶんめいがせいじゅくしてくると
げんしをおもえば
いきることはずっとらくになっている。
のぞんだせかいのひとつだろう。
おかげでちょっとしたぶきをたよりに
せけんのあらなみをなんとか
わたりあるいていける。
おおきなきばやはやいあし、おおきなみみは
もちあわせていない。
このしゃかいでいきのこるのには
なにがひつようなのだろう。
みたされすぎて
いきのこることのいみすらみうしないがちな
げんだいだけど
うまれてきたりゆうはじぶんがいちばん
うまれてきたからなんだよ。きっと。
うまれてきたのはつづきたいから。
うまれたりゆうとつづきはじぶんでさがせ。
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