週末にアジカンライブに行った。
最近は仕事が忙しい。
毎日のように終電だ。
昨年暮れのアジカンのツアーはとても良かった。
ちょっと遠征なので旅行も兼ねて
気分転換の息抜きにはもってこいだ。
前回は「酔杯」今回は「ワールドx3」。
また違う構成で、アンプラグド、カルテット?との
アンサンブルもあり、音楽としての面白さがあった。
が、
が、
心が、まだ先週のバービーボーイズ持っていかれている。
結果、私の心に以前ほどの高揚感が湧かなかった。
連日の寝不足と旅の疲れもあったかもしれない。
回を重ねて慣れてきたのかもしれない。
ここ1か月毎日聴いていたのはバービーだった。
なんせ好きになって20年(!)だ。
初めてのライブ。2000人規模のライブハウス。
17年ぶりのツアー。次があるかわからない。
熱い想い(であろう)メンバー、そして観客。
この一体感は今まで体感したことのない最高ものだった。
思いおこせばアジカンの曲を聞いて好きになった時
ビートの早さや明るすぎないところ、
日本語歌詞と音の融和のバランスに
バービーボーイズを感じていいたなぁ。
言わば「初恋の人に似ていた」ところが
好きになったきっかけ、のようなものかもしれない。
あくまでも「男と女」「寂しさ」を唄うバービー。
「焦燥感」や内なる想い、「世界」観を唄うアジカン。
全く違うのだけどね。
どちらも別々のモノであり、優劣はない。
今聞いて、私の感覚では音楽的にどちらも面白い。
十代に聞いた音楽というものが特別なのか
二十年という時間の重さなのか
三十代の私には
バービーの「オトナの色気」が心地良く
アジカン「青さ」を眩しく感じてしまった。
まぁ作詞者として「社会に目を向ける」「発信する」ことを
大人というならば、ゴッチは大人だ。
イマサの作詞で広い「世界」は出てきていない。(と思う)
でもさ、「男と女」は善悪や正義では割り切れない、
わがまま、嫉妬、打算、軽蔑、すれ違い、裏切りがありふれている。
それでも二人はうまくいってたりしてさ。
(ex.玉置&石原?)
ソクラテスだって妻には悩まされたって言うし。
ある意味、世界共通、人類、動物共通の感情だろう。
そのドロドロした気持ちを音楽に乗せ、昇華できるってのは
すごいことだと思う。
久しぶりにまとめて聴いて、よくその感情を出せるな~と感心してしまった。
赤裸々な私小説、文学のようだ。
と、バービー語りになってしまった。
幸い?両方とも片思い。
心変わりしても breakin' glass にはならず
好きなものは好きなまま、形を留めて沸点が落ち着く。
どちらも長く聴いていきたい。
教訓。
ライブに行くなら一定の期間をあけるべし。
でも向こうの都合だしなぁ。。。
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