今年の講演
忘れないうちにメモ。
先月、森達也さんの講演を聞く。
テーマは
「メディアによって喚起される危機管理意識の危険性」
彼の本を何冊か読んで、
共感したり、なるほどと思ったり、ん-?と思うところがあった。
道を探している人、という印象だ。
彼の疑問や興味の向く方向が
かつて自分も何かを感じながらも
「こんなものなのかな」とスルーしながら
心の奥に気になっているものだった。
会場に現れた森さんは
真黒な無地のパーカーにカーキ色のカーゴパンツ。
なんですかその普段着は。
髪は写真や映像で見た時より短かいが、
整髪料等で整えてはなさそうで、顔色はどす黒い。
たぶん知らずに出会ったら、一瞬は
プラスよりマイナス印象が強く残るだろう。(スミマセン・・・)
しかし、マイクを渡され、会場をぐるりと見まわし
発声する彼の表情や目つきと声は
穏やかな、力強いものだった。
最近シンシュウのお呼びが多いとのこと。
シンシュウ?信州、長野県か?
いや会場はお寺だし真宗か。
講演の内容は、森さん自身「演歌歌手みたいなもの」
と言うように、種が限られているらしい。
いくつかの著作や雑誌、発言などと重なる部分が
多くあった。
さて、印象に残ったこと。
■報道について
オウム事件の当時、メディアで描かれる
信者の像は「凶暴凶悪」か「洗脳されたロボット」
の二つだったという。
両論併記しているようで、両論ともマイナスだ。
一方、森さんのドキュメンタリー「A」を見た
多くの人の感想は「普通の人」「むしろ優しい」。
このギャップはなぜか。
当時のメディアで、オウム信者を「普通の人」とすると
抗議が来て放送できなかったからだそうだ。
抗議の元は、テレビ局上層部 - 制作会社 - スポンサー - 視聴者だ。
なぜ、抗議するのか。
凶悪な事件を起こす人が「普通」であるはずがないからだ
異質であって欲しい、という希望にメディアが応えるからだ、という。
で、ここで思ったことが(講演時は言葉にならなかったけど)、
じゃあどういう報道をすれば良かったのか。
「怖い」→「なぜこうなったか」→「どう防ぐか」
知りたいのはこのことだ。
普通でむしろ優しい人間が
組織的な犯罪、殺人を犯す。
「凶悪人」「洗脳」以外の角度からも
怖れず、面倒がらずに、光を当てられれば
「なぜこうなったか」
がもう少し見えたのではないか。
森さんによると、オウム事件によって
通信傍受法などがすんなりと成立した。
国民を保護する目的はあるのだろうが、
「怖い」→「どう防ぐか」
にワープし、力づくのようで、納得しきれない。
諸刃の剣だ。
現状のテレビのシステムでは、オウムに限らず
企業や宗教団体等の批判は難しいのかもしれない。
でも、
報道とスポンサーの分離、
報道関係者と視聴者の知識と問題解決意識の向上、
理想的なメディアの形が明確ならば、
支障となる問題を一つずつ解決していけば
目標に近づくはずだ、と思います。
■モンゴルの喧嘩防止方法
人口の半数近くが首都に集中し、人口過密と遊牧民ゆえの
ナイフ所持率の高さから、ちょっとしたことで刃傷沙汰の
事件が多かったという。
そこでそれを減らすために決められたこと。
うっかりぶつかったり蹴ったりしたら、お互いが握手をする。
向かい合って手を握ると人は怒りにくい。
傷害事件がぐっと減ったそうだ。
これ、いいですね。
日本でそのまま同じことはできないだろうけど、
カメラや警備員によるセキュリティ強化という
人を警戒する方法より、ずっと発想が明るい。
その他、いろいろな話があった。
今回の公演、机があったのでメモをとってみた。
やはり記憶だけでは8割(!)くらいは忘れている・・・。
猫並みの記憶力だ。
とはいえ、写し間違いがあるかもしれないので
ここには書かない。
時々読みかえして考えよう。


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