« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月の記事

2008年11月26日 (水)

今月の読書 11月編

「セビーリャの理髪師」 ボーマルシェ

タイトルは有名。
作者は意外と知られていない。
シェークスピアかと思っていた。

森薫の漫画「エマ」の中で
ざっとストーリーが語られている。
「誰も死なないオペラ」。

かすかな記憶では、漫画ベルばらで
「貴族を笑い者にする芝居」と
オスカルに言われていたような。

「フィガロ三部作」の第一作だそうな。
「フィガロの結婚」「罪ある母」と続く。

ストーリーは「エマ」のおかげで大まかには
わかっていたが、台詞や当時の習慣など
本ならではの面白さがあった。


床屋兼外科医という存在がいたので
散髪屋さんの看板、赤と青は動脈と静脈を表すとか、
当時、古代医学の信奉者の病気治療法は、
体内の毒素を排出するため瀉血、浣腸、下剤の
3種類だったとか。
「ドラマ」が現れはじめたのは、この頃だとか。


本篇もそれなりに面白く読めたのだが
訳者解説で作者のボーマルシェの生涯が
書かれており、本編以上に興味深かった。

ボーマルシェは1732年、
時計工の親方の息子として生まれる。
時計職人に始まり、音楽家、司法官、王の密使
実業家、武器商人、劇作家等々、多くの職業をこなし、
訴訟に入牢、女性遍歴、そしてアメリカ独立戦争と
フランス革命に大きく関わることになる。

なんかもう、一人の人生とは思えないほどの
活動範囲と密度である。
読んだ文庫の役は鈴木康司さん。
やけに詳しいと思ったら、同じ人の書いた本で
「闘うフィガロ-ボーマルシェ一代記」
というのがあるらしい。

フィガロ三部作とともに、機会があればこちらも
読んでみたい。

| | コメント (0)

2008年11月16日 (日)

今月の読書 11月編

「奇子」 手塚治虫

タイトルがあやしい。
「あやこ」と読む。女の子の名前だ。

舞台は戦後。
復員し、地方の旧家に帰った天外仁朗。
父が溺愛する一番年下の妹、奇子には
兄嫁と同じ場所にホクロがあった・・・。

描かれたのは昭和47~昭和48年。


二話目に家族の年齢がでているが
父52歳、母51歳、兄27歳、兄嫁23歳。
今の感覚でいえば「若いっ!」
絵の雰囲気はプラス10歳くらいのイメージなので
ずいぶんとギャップがある。
そんなところで妙な衝撃をうけてしまいました。

仁朗がGHQの工作活動として死体を線路に置き
轢死体に見せかける。

その後、作中で国鉄の総裁が似たような状況で
死体になって発見されるのだが、
なんかそんな話を最近知ったな~と、よくよく名前を
みると総裁の名前は「霜川」。
霜川・・・しもかわ・・・下川・・・下山・・・下山ケース?

森達也さん関連の書籍でタイトルだけ見て、
何のことだろうと調べたことがあった。
国鉄の総裁が轢死体で発見された事件だというのは
判ったが、事件の背景がよく判らなかった。

日付やエピソードをやけに詳しく書いてるのは
実際の事件をモチーフにしたからなんだなぁ。
そのうち事件についての本も読んでみよう。

さてこの作品。
社会派というのか、殺人だの近親相姦だのが
ばんばん出てきます。
お話的にはちょっと「うぇ~」となるところがありました。

しかし、さすがというべきか、
生々しい人間表現がうまい。

それぞれの行動原理があり、明確だ。
奇子の顔だちは何だか定まらないけどね。
目線や口元の表情、子供から大人、老人への変化
「こんな人居そう」「こうなっちゃったか」
と実に味わい深い。

以前、浦沢直樹さんがテレビで「人間を描きたい」と言っていて
その後、彼の作品を読むことがあった。
確かに「こんな人居そう」という意味では上手いのだけど
いまいちピンとこなかった。
たぶんこういうことなのだろう、と思った。

たった3巻なのに、中身が濃い。
漫画の神様といわれる所以か。
子供向けから大人向け、守備範囲の広さや
表現の多彩さに驚くばかりだ。

次は何を読もうか。

| | コメント (0)

今月の読書 11月編

「愛人 ラマン」 マルグリット・デュラス

数年前に映画化された本。
作者の自伝的作品。
映画は見たことがある。
内容はうろ覚えだけど、主役の女の子の
大人と子供のバランスが絶妙で美しかったのを
記憶している。

最初、倒置法の多い文体にとまどった。
歌の詩のような、独特のリズムがある。
時系列は直線ではない。
記憶の網をたどって表れた印象深い映像。

「愛人」というよりは「家族」についての想いが強い。

両親とも教師の家庭で、植民地時代のインドシナに赴任。
作者が4歳の時に父が亡くなり、一家の生活は困窮する。
母親と、母親が溺愛する長男、病弱な二男、そして作者。
経済的にも精神的にも破滅寸前の家庭。

腹の据わった女性だ。
義務感のように、金持ちの中国人男性の愛人となったのは
15歳だが、その関係には後悔も自己憐憫もない。
冷静ではあるが、冷めていたり、虚勢や強気なのとも違う。

しかしそれに対して、家族への想いは。
狂気のにじむ母、傲慢で暴力的な長兄、大好きな次兄。
全体から受ける印象は、家族に対する恐怖や悲しみ、怒り。
繰り返す破産や死の思い出は、彼女の精神を揺さぶる。

家庭環境は大事やね。
大人にとってはほんの数年だけど、
子供にとっては人生の基礎だ。


フランス人のイメージは逞しさと繊細さ。

冒頭の
「今の顔の方が好きです。嵐の通り過ぎたそのお顔の方が」

人生の始めから嵐に見舞われ続けながらも、
そう言われる顔を持つに至った精神力。

さて自分はどんな顔になるだろう。

愛人(ラマン) (河出文庫) Book 愛人(ラマン) (河出文庫)

著者:マルグリット デュラス
販売元:河出書房新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

2008年11月11日 (火)

今月の読書 11月編

「いっぽん桜」  山本一力

短編集。

いっぽん桜
萩ゆれて
そこに、すいかずら
芒種のあさがお

の4編。


突然隠居を言い渡された口入屋の番頭。

武士の身分でありながら漁師、魚屋になる決意をした
土佐の若者

娘の幸せを願い、贅をこらして作られた雛人形。
白無垢のような振袖を着た娘が
涙をこらえ運んだ訳は・・・。

夏に生まれた女の子。
朝顔が好きな彼女が恋をしたのは
朝顔つくりの職人だった。


からりとしているが、夏の庭に水を撒いたような
心地よい湿りがある。
舞台は江戸時代だが、セピア色ではない。
芯に通るのは親子の情。

読後の気分がいい本です。

| | コメント (0)

2008年11月 3日 (月)

夏の思い出

いいなと思った風景。

山に囲まれた、夏の川岸。
川で泳ぐ子供。
川岸で眠る赤ん坊。

何番目かの孫の子守りなのであろうか、
祖父らしき人が愛おしそうに
木陰で眠る乳児を見守っている。

祖父とおぼしき老人は、日に焼けた
働き馴れた深い皺を刻んだ手を持っている。

瑕ひとつない孫の顔に強い日差しが当たらないよう、
強い風が乳児の心地よい眠りを妨げないよう、
細心の注意で、こわれものの宝を扱うように、
普段は力仕事で使うだろう大きな手で
服の僅かな皺をのばしたり、
ほんの少し日傘の向きを調整する。

眠る乳児がこのことを覚えているはずはないだろう。
この児が物心つくまで、老人が生きているかは判らない。
ただ愛おしいだけで、無償の愛情を注ぐ。
こんなにも愛おしまれていることを
この児は知るよしもない。

つながる命。

そんなことを思った夏の思い出。

| | コメント (0)

2008年11月 2日 (日)

偶然ですか?

目覚める少し前、浅い眠りの中。

携帯電話のメールが受信中の夢を見た。

画面の右上に見慣れないアイコン。
「あぁ、メールが受信するのだな」と
思ったその直後、
受信音がして、本当にメールが届いた。

偶然ですか?

それとも電波が脳に反応したのでしょうか?

| | コメント (0)

2008年11月 1日 (土)

今月の読書 10月編

「若きヴェルテルの悩み」 ゲーテ

読んだ!
という達成感。
これぞ秋の読書。

タイトルと作者は有名だけど、
あまりにも「青春時代に読む本」っぽくて
なんとなく気恥ずかしいような気がしていた。

さて内容。

タイトルの「ヴェルテル」から、主に友人ヴィルヘルムに
宛てた書簡集のような形式。
年代は1771年、思ってたよりも昔だ。
場所はドイツかな?

故郷を離れ、しばしの田舎暮らしを楽しむヴェルテル。
詩を読み、地元の人々と触れ合いつつ、物事を批評し、
自然を愛する日々。
出会う村人もみな幸せに映る、春のごとき日々だ。

ある日舞踏会に参加することになった彼は
ロッテという美しい少女に出会う。
彼女には婚約者がいると知りながら、
ロッテの美貌、優しさ、賢さ、知性、感性に惹かれ
激しい夏のような恋に落ちる。

が、彼女には婚約者アルベルトがいる。
周囲の人に祝福され、ロッテ自身も納得していることだ。
アルベルトとも友人として接するが、あまりにも苦しく
別れを決意。
宮仕えをするが、上司との折り合いが悪く、
鬱々とした日々を過ごす。
そしてロッテが結婚したとの知らせ。
ショックを受けるヴェルテルに
ダメ押しのように、社交界での屈辱的な
出来事があり、半年ほどで退官。
流転の秋。

もとの村に戻ったものの、状況が変わるはずもなく、
ロッテへの恋慕とアルベルトへの嫉妬に悩む。
思い出の木は伐られる。
かつて出会った幸せな村人は、不幸に見舞われる。
理想と現実、善と悪、自身と他者、理性と狂気。
迎えた凍える冬。
ヴェルテルの決断は。。。


苦しい感情を比喩を交えて独白する文章が続く。
西洋モノ独特の言い回しは芝居じみて大袈裟だ。
改訂された版なので、いくらか現代風の版らしいが、
読んでいる内にゲンナリしてくる。

要するに失恋の話か?
と強引にまとめたくなる。
いくら知性があっても、異性を求めるのは動物の本能。
正確に自身と他者を理性で分析できたところで、
諦めがつかなけれれば感情に支配された心は
苦しみ、悩む。

青少年に薦められる本・・・なのかぁ?
まぁ。本の感じ方は人それぞれ。
思想と感情のベクトルの、どの方向に
力を与えるかは、人それぞれだろう。

最後の翻訳者の解説で時代と背景についての語られており
こちらの方が頭に入りやすいせいか、興味深く読めた。

20世紀は過去にないほど変化の世紀だと思うが、
生きている者にとっては未来との比較は不可能だ。
現在だって未来はやはり判らない。

200年以上前、フランス革命後のヨーロッパは
当時を生きる者にとっては価値観が大きく揺れる
時代だったろう。

作者のゲーテ。
蔦の絡まるチャペルで詩想を膨らませる人
なんていうイメージがあったが、
なんのなんの。
詩人、作家でありながら、
自然科学者であり、政治家でもある。
肩書は現実家であり、実務家だ。

ヴェルテルはゲーテの分身らしい。
「ロッテ嬢」との恋はともかく
宮仕えにも成功し、「うまくいったヴェルテル」だ。
そんな彼が、若き日の思想信条を突き詰めたら、、、と
もう一つの人生を描いたものかもしれない。

記憶に残った一文。
「不機嫌とは怠惰の一種」

なにやら最近思い当たることが。。。


ドイツ〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈10〉 ドイツ〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈10〉

著者:ゲーテ
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »