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2008年8月の記事

2008年8月24日 (日)

今週の映画

この1週間で見たもの覚え書き。


「夕凪の街 桜の国」  原作 こうの史代

  漫画に感動して借りてみた。
  原作と同じく「夕凪」と「桜」の構成。

  皆美の広島弁がちょっとたどたどしい。
  小学生の京花が大人すぎて、かなり不自然。
  田中麗奈はさっぱりした感じでぴったり。
  堺正章の旭父さんもイメージは違うが
 とぼけたところがさすが、いい味だしてます。
 
  原作では原爆の惨状をさらりと描いているが
  映画ではわずかに映像として出ている。
  見ないで済むなら見たくない映像だ。

  だけど、一度は広島、平和記念館に
  行こうという気持ちが強くなった。
 


 
「吉祥天女」 原作 吉田秋生
 
  いつの間にかドラマや映画になっていた。
  舞台を昭和45年の金沢としている。

 いやもう、出演者イメージがぴったり。

  「小夜子」の鈴木杏。
  数年前のドラマ「6番目の小夜子」では由以子的な役で
  綺麗というよりは可愛い感じだったけど、
  上目遣いでじっと見つめる姿なんかは妖艶さが漂ってる。

  「涼」の勝地涼
   映画ではイマイチ活躍するとこなかったけど
   あ、涼だ、とイメージどおり。

  「おばあさま」 の江波杏子
   もう、こういう旧家の気品漂う厳しそうな
   ご婦人の役はぴったりやね。
 
   その他、雪政とか暁とか、もうイメージどおり。

 小夜子と由以子の友情、暁と涼の支配関係を
  より濃厚に描いております。
  それゆえか、涼が活躍するところが少なく、
  なんで小夜子が涼に惹かれたかが、少しあいまいかな。
 
  映像、音楽とも美しく、映画として独立した面白さがありました。

 

「華氏911」 マイケル・ムーア
 
  理不尽だ。
  そう思わざるを得ない。
 
 9・11からイラクへの侵攻、巧妙に世論を操作し
  「敵」を作り上げ、若者は死に、家族が悲しむ。
  得をするのは企業と繋がった政府高官達。
 
 このドキュメンタリー自体もまた演出によって
  操作されたものだ。
  判りやすく、皮肉を込め、加害者となったもの
  被害者となったものを見せつける。

  ドキュメンタリーとは言え、制作者の思惑がある以上
  全てを真実と受け止めるには注意が必要だ。

  でも、もし、ブッシュが大統領でなければ、
  死ななくてすんだ人が大勢いたのではないか。
  不自由な体にならなくてすんだのではないか。

  テロを撲滅すると言いながら、
  テロを生み出しているのはアメリカ自身だ。
 
  日本はそのブッシュに協力している。

  情報を操作されたとき、どうやって真実を知れば良いのだろう。

 

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今週の読書

この1週間で読んだもの覚え書き。


「ゴッチ語録」  後藤正文

 あたりまえなんでしょうが、音楽好きなんですねぇ。

  公式HPの日記でも、多くの意見を書いていますが
  こちらはより音楽に関した話題が多い。

  そんな中、「ね」のお題で「ねがてぃぶ」について語る。
 ポジティブが氾濫している、に同感。

 人生悩んでナンボとも思うのだが、
 若い歌手がやたらと「感謝」「リスペクト」「癒し」
 と歌っているのが胡散臭く思えてしょうがない。
  
 私がアジカンを気に入っているのは
 リズムやハーモニー、全体の音の響きが
 好きなのもあるが、「暗い」と批評されるのを
 恐れない(?)歌詞もまた魅力なのです。

  「イースタンユース」聴いてみようかな。


  

「椿姫」  デュマ・フィス

 古典・歌劇。ガラスの仮面の最初の方でマヤが演技していたなぁ。

  「今度いつお目にかかれましょう」
  「この椿の花が萎れたら」

 このやりとりがあった時は、高級娼婦「椿姫」に一方的に
  恋していたアルマン。

  最初の方で「椿姫」マルグリットが亡くなっていることを
 読者は知ることになる。
  豪勢に、でも何らかの覚悟をしながら遊び暮らしていた彼女が
  アルマンとのひとときに素朴な未来を夢見るようになるにつれ
  痛々しさが増していく。

  作者が高名な父(アレクサンドル・デュマ:三銃士の作者)を持つ
  ”私生児”としての生まれ故か、社会の底辺に生きざるを得ない
  人への同情と理解、社会への怒りのようなものが感じられる。

  それにしても西洋の人々は感情を事細かに説明するなぁ。
 


 
「鋼の錬金術師 20巻」 荒川弘 

 なんと再アニメ化。
 以前のも良かったのですが今度は
  ぜひ原作の雰囲気でお願いします。
 倫理とか論理とか。

  いよいよ最終決戦といった感じ。
 マルコーさん、ようやく自分自身にも
  打ち勝ったというところでしょうか。
  この漫画の登場人物には励まされるなぁ。
 
 面白い物語の定めでもありますが、
  終わりが楽しみでもあり残念でもあります。


 そういえば上記の「椿姫」で、墓堀りのシーンが あった。
  思わず11巻の「名前のない墓」を連想したのだけど、
  「嵐が丘」「トムソーヤ」などにも目的の違いはあれ
  同様のシーンがあった。
  真実を追求するためには墓も暴く、という発想は
  現代の科学、医学に至る西洋的な発想というべきか。

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2008年8月15日 (金)

梅干し

中国産の梅干しが問題視され、国産の梅干しが見直されているそうな。

でも価格の面からか、売り上げが伸びているのは、
南高梅の4等級の内の下位2級。
業者さんは、これが紀州の梅と思われては、と困惑しているとのこと。



でも買う方としては、贈り物はともかく、
家で食べる分には少々皮が破れていようが
斑点があろうがいいのです。

今、お店で売っている梅干しって、
はちみつ入りだの、鰹節いりだの、
薄塩の代わりに保存料入り、
邪道にもほどがある。
赤色何号使用なんて、論外。

それを避けて無添加のものと探すと、
いきなり高級品-肉厚薄皮の南高梅になってしまう。

南高梅って、梅干し界の最高級品でしょ。お茶でいえば玉露とか。
家庭用ですし、もちょっと、こう、中間はないのだろうか。

で、間をとったら下位2級だった。ってとこですね。


理想は家で漬けたような梅干し。
皮は厚く、
塩辛く酸っぱく
真っ赤っか(紫蘇でね)

なんだけど、それも安価な外国産との競争では
難しいのでしょうね。
そもそも不満があるなら自分で作ればいいのだろうけど。



・・・・・
と、上記の文は去年の11月に下書きのまま保存していたものだ。
ウチの冷蔵庫には今、自家製梅干が漬かっている。

作ってみて、感想。
意外と簡単。
カビ防止のため、容器の消毒は多少面倒ですが
毎日手をかける必要はないし、ほったらかしでOK。

見た目はそれらしくできている。
昔からの食料保存の技術を継げたような
ちょっと嬉しい気分です。

材料は
梅、塩、紫蘇
その他殺菌用に焼酎少々。


そろそろ食べ頃なのかな?
楽しみです。




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2008年8月14日 (木)

夕凪の街 桜の国

「夕凪の街 桜の国」を読んだ。

YAHOOで立ち読みして以来、その雰囲気が気になっていた。

背景に描きこまれた風景やせりふから
戦後数年経った広島だと気づかされる。

平和で、穏やかな日常なのに、ふいに足元が崩れるような不安。
そして町中の人々が体と心に傷をもちつつ
そんな気持ちを語ることができない。

重い、苦しくなるテーマだ。
でも作者の画風のせいか、空気はやわらかい。

この一冊を買うのは決意が必要だった。

このあと主人公はどうなっていくのか。
明るく楽しく幸せになるだけの話ではないだろう。
この本は、重く、苦い空気をまとった
特別な存在感を放つのではないか。

本屋さんで見つけた本は大きく薄く、ちょっと高め。
それを理由にもして、買うか買わないか迷っている間に
文庫版が発売されていた。
それでも買うのをためらっていたが、
時々やってくる「本・衝動買いの日」に買った。

買ってその日に3度読み返し
さらに日付が変わって4度目を読んでいた。

子供の頃から夏休みになると特集される原爆の話。
夏の暑さ、お盆の先祖供養、それらと重なって残る
映像でしか知らない「焼けた死体」の記憶。

悲惨さを伝えようとする逸話や映像の数々を
知らなければならないという義務感で見た。
被爆した人や、その周囲の人々からすれば
全てを伝えきれているものではないだろうが、
それでも重く、苦しく、におうような血なまぐささを
伴うものだった。

この本では、見た目の生々しさは感じられない。
3章の各話は、時代を変え、穏やかな
ありきたりの日常から始まっている。

原爆が他の兵器と比べて恐ろしい特徴の一つは
数年経って突然、人の命を奪うかも知れないところ。

「桜の国(二)」は現代が舞台で、
主人公七波は28歳となっているが
子供の頃に母親が血を吐いて倒れているのを
帰宅して目撃し、「ドアを開ける」ことが
軽いトラウマとなっている。

考えれば私の母も戦前の産まれだ。
1945年産まれの被爆者の子供が
20代でも不思議はない。

ふいに家族や大切な人を奪われるということが
現在でも、繋がっているということを
あらためて思い知らされた。

読み終わって、また最初から読み直している。
丁寧に描き込まれたこの本は
読むごとに新しい発見がある。

皆実はこめかみにも傷があり、
お母さんも首に傷がある。

ボールが当たって鼻血を出した七波を
おばあちゃんが気にするのは
被爆した自分より若い世代に何度も
先立たれた悲しみからの心配だ。

おばあちゃんが亡くなって数年経っても
愛用のミシンが大事に家に置かれている。

「桜の国(二)」で旭父さんと川辺で話をしている人は
きっと「夕凪の街」の打越さんで、
「じゃあやっぱりハゲるんかね?」と
皆実にこっそり言われていたとおり
ハゲている。

読み終わって、心の中に何かが残る。
何度も読んでしまう。

そんな一冊です。

夕凪の街桜の国 Book 夕凪の街桜の国

著者:こうの 史代
販売元:双葉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


夕凪の街桜の国 (双葉文庫 こ 18-1) Book 夕凪の街桜の国 (双葉文庫 こ 18-1)

著者:こうの 史代
販売元:双葉社
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2008年8月11日 (月)

アンネ

アンネの日記を読んだ。

そこに居たのは思春期と呼ばれる年の女の子。

家族との関係、同居人への不満、性への興味、自分の未来
好きと嫌いが激しく入り混じり、批判と不安と不満、
その中でも美しいもの、楽しいことを感じようとする心。

迫害されるユダヤ人としての立場や
隠れ住むことの不自由さや恐怖もつづられているが、
そのことに対する嘆きは思いのほか少ない。
まだ自分たちは恵まれているとさえ語る。

彼女が欲していたのは、自分を理解してくれる人。
何もかもを打ち明ける相手として、
13歳の誕生日に贈られた日記帳に「キティ」と名前をつけ
キティへの手紙という形で書かれている。

日記の終わり近く、15歳の彼女は自分を見つめ、
こう語る。
「それでいて私は長らく孤独感に悩まされ、
いつも見捨てられたような、無視されたような、
誤解されているような気分を味わってきました。」

両親にも、姉にも、恋した相手とも
本当の気持ちを分かち合えていない、
でも、いつか誰かと分かち合いたい。

この日記の原動力にもなっているこの気持ちは
時を超え、国を超え、多くの人が共感したのじゃ
ないだろうか。

日記の終わりは1944年8月1日。
いつものように「じゃあまたね」と終わっている。

隠れ家の住人は8月4日に秘密警察によって捕らえられた。
衛生状態の良くない強制収容所で、翌年流行したチフス罹り、
姉マルゴーが、続いてアンネが亡くなる。
戦後生き残ったのはアンネの父ひとり。

ページが少なくなるにつてれて、
続きがないことが残念でならなくなった。
「もう一人の自分」-大人になりつつある彼女?が
書いたその後を読みたいと思った。

あとがきで、彼女の死が直接手を
下されたものでないことに
少しほっとした。
その分苦しみが続いたかもしれない。
でも誰かに死を望まれるというのは、
より恐怖と苦痛が伴うのではないだろうか。



この日記が長く、多くの人に読み継がれ
二度と同じ過ちを繰り返されないことを
願う。

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